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菅原道真公ゆかりの行列と
勇壮な揉山・網代神輿
元和5年(1619)須々万の里に疫病が大流行し、村人たちが飛龍八幡宮で疫病平癒の祈祷を行ったところ疫病が鎮静したため、神威に感謝して八月朔日に大踊りを行ったことが「八朔祭り」の起源とされています。また、菅原神社は、宝暦2年(1752)に大宰府天満宮から菅原道真公の神霊を勧請しお祀りした神社で、過去の記録から例祭日が八月朔日であったことから、その名がついています。
「八朔祭り」には御神幸があり、菅原道真公ゆかりの大行司・小行司が繰り出します。明治初期からは大行司・小行司の行列に大名行列の形式が組み込まれ、古式豊かに祭りを盛り上げています。
このほか、境内や御旅所までの町筋では、各集落から揉山(もみやま)と呼ばれる子供を乗せた神輿が何基も繰り出しもみ合うほか、裸坊が網代神輿を押し街中を勇壮に駆け抜けるなど、須々万の里は熱気に包まれます。
周南市の無形民俗文化財に指定
飛龍八幡宮の境内社である菅原神社の例祭「八朔祭り」は、菅原道真公ゆかりの大行司・小行司などからなる大名行列や勇壮な揉山、御神体を乗せた網代神輿の練り歩きなど、かつての中国山地の一中心地であった農村の活力ある華やかさを知るうえで貴重な祭りとして、平成21年7月、周南市の無形民俗文化財に指定されました。
網代神輿
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大行司・小行司が馬に乗って神前へ参進
 大名行列が御神体を乗せた網代神輿を御旅所まで先導します

若者たちによって勇壮にもまれる揉山 |